rincoror.in 共働き兼業主夫の戯れ言

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制度が整うのを待っていたら我が家の子育ては終わってしまう

2014.09

08

子育て / 兼業主夫雑記

「男性も家事育児に参加しやすい労働環境の実現を」といわれるようになって久しい。残業前提の働き方をあらためる努力であったり、従来からの「定時」に縛られないフレキシブルな勤務時間制度の導入であったり、男性も育児休業を取りやすくなるような取り組みであったり。ともかく、制度さえ整えば、積極的に家事育児をする男性は増え、女性だけにその負担がのしかかる事態は改善されるのではないか、というもの。

たしかに、そうかもしれないと思う。そういう取り組みや政策は、ぜひとも必要だと思う。でも個人的には、どこかもっと根本的な問題を煙に巻かれているような、問題の本質の炙り出しを先送りにされているような引っ掛かりを覚える。

思うに、現状の労働環境でも、家事育児をやろうと思えばできるにもかかわらず、やらない男性が、結構な割合でいるのではないか。さらに言うなら、たとえ制度が整ったところで、やらない人は相変わらずやらないのではないか、という懸念がある。

私も、情けないことながら、定時に会社を出ることはほとんどない。1、2時間の残業は毎日のことだし、ときには終電に乗ることもある。通勤には往復で2時間半かかり、決して時間的にゆとりがあるわけではないし、元気があり余っているわけでもない。だけど、それでも毎日家事はできている。帰宅してから洗い物をし、次の日の夕食を準備し、洗濯物を取り込み……。もちろん、毎日パーフェクトにというわけにはいかないし、決して楽ではない。だけど、到底不可能なことでもないと思っているし、子どもをもち育てると決めた以上、引き受けなければならない責務だと思っている。

もちろん、家庭環境も勤務状態も価値観も、人によって様々なのはわかっている。家のことは全部自分に任せて、夫には思う存分外で働いてきてほしいという専業主婦の方だっているだろうし、それが間違っているわけでもない。家事育児をやりたくても物理的に不可能な労働環境に置かれている人だっているのは重々承知しているし、すべての男性が家事育児にガッツリ関わるべきであり、関われるはずであり、それがすべての家庭にとって理想的なあり方だ、とかと思っているわけじゃない。唯一の理想的な家族の形態があるわけではない。そんなことはわかったうえで、それにしても……と言いたくなる部分がある。

私はこれまで、そう多くの職場を経験してきたわけではないし、やってきた仕事もごく限られた範囲のもので、世の中には私などが知らない世界があることはわかっている。自分の貧相な経験を一般化するつもりはなく、以下に書くことは、あくまで私の個人的な経験、所感であり、いわば半径5メートルリサーチであることはお断りしておきたい。

今働いている職場も、以前勤めていたことがある職場も、はなから定時なんて存在しないかのような雰囲気だ。夕方6時に、さあこれから残業だという一応の区切りがわるわけですらなく、ズルズルと当然のように、みんな8時、9時、10時まで働いている。でも、同じ成果を出すのに、本当に毎日10時間も11時間も必要かといえば、決してそうとは思えない。効率よく集中してやれば8時間で終えられるものを、時間のけじめをつけずにダラダラとやっている感は否めない。夕方6時を過ぎてから、なにも今しなくてもいいミーティングをやろうと、その場の思いつきで招集をかけられることだってある。

もちろん、連日10時間を超えざるをえないような仕事が発生することも、たしかにある。だけどそれとて、ほとんどの場合、計画性のなさであったり、マネジメントの不備であったり、コミュニケーション不全であったり、あげく、思いつきで当初の予定をひっくり返す暴挙であったり……、要するに怠慢や無思慮ゆえの事態だ。

詰まるところ、少なくとも私の経験した職場に関するかぎりでは、原則毎日8時間勤務というのは、全然不可能な話ではない。ただみんなが一致団結して、定時で仕事を終えるのだという意識をもち、そのように段取りをすればいいのだ。集中して作業をすればいいのだ。きちんと役割を決め、マネジメントを徹底すればいいのだ。無駄に長い(あるいは必要ですらない)会議をやめればいいのだ。(【14/9/9追記】残業分の賃金は一切出ない職場なので普通に考えるなら残業するメリットはない。)

しかし、そうはならない。(全員がそうではないが)かなりの割合の社員にとって、定時を超えて会社にいることが、全然苦痛でもなければ、困ることでもない。中には、まだ小さな子がいるにもかかわらず、家に帰っても奥さんと子どもがうるさいだけだと言って、ネットサーフィンやゲームをしながら会社で過ごしている露骨な社員さえいる。社内に通奏低音のように流れているのはやはり、家事育児など男のすることではないという前時代的価値観だ。彼らにとっては、制度が整っていない状態、残業もやむをえない(と家族に思わせられる)状態が、むしろ必要なのだ。それは自分が家事育児をしないための格好の口実となるのだから(なっていないのだが……)。

ズルズルと当然のようにみんなが残業する中で、自分一人だけが毎日定時で帰るというのは、(少なくとも私が働いたことのある職場では)実際問題として至難の業だ。自分だけがいくらテキパキと仕事を片付けたとことで、ほかの社員が残業前提で仕事を進めている以上、定時を過ぎてからでもしなければならない作業がいくらでも発生する。それでも私は、社内では比較的早く帰っている方だ。彼らの残業に終始付き合っていては、家庭が崩壊するという現実がある。

あと5年、もしかしたら10年しても、社内の雰囲気はたぶん変わらない。こんなことを書き綴ったところで、無力さ、虚しさを噛み締めるばかりだ。そもそもこういった問題に関心をもつ男性というのは、最初から家事育児に携わっている男性ばかりだ。前時代的男性陣にせめてわかってもらいたいのは、少なくともあなた方の境遇、価値観が世のすべてではないということ。そんなことでは回っていかない家庭があるということ。私を巻き込まないでもらいたいということ。

そういうささやかな望みを秘めながら、ただただ私は、自分にできることをやっていくしかないのだろう。制度がどうとか、境遇は人それぞれだとか、そういった一般的な議論に、個別的、具体的なあれやこれやがうやむやにされがちだが、目の前に、今やれる具体的なことはゴロゴロと転がっている。いつのことだかわからない制度が整う日を待ってる場合じゃない。そんな頃にはきっと、我が家の子育ては終わっている。